約20年間の落書き帳から優秀作品、劣等作品や新着メッセージを掲載致します
70年代最後のノートの傑作。
当時この作者を探したが不明!この後の10冊ほどに優秀作品多数あり.
“ぞうさんの”「たいへん良くできました」はんこが欲しくて皆がんばったものです。
暇なときに追加します。
79/11/6
首は左の曲げるには楽なんだが、
右になると頭をハンマーで打たれたような感覚が走る。
こいつは酒のせい と云うよりも、季節はずれの気温のせいだろう。
昨夜の酒はすっかりぬけたが、ダラシナイ寝方のせいで首はまったく胴体と無関係に存在している。
家からパルを出したのだが、はたと考えた
右に行くには、右を見なければならない。
ためらいもなく左へ出る。
角があると左へ曲がる・・・・楽だ。
空は気持ち良く晴れている。
いくつかめの角を左へ曲がるとこの店だった。
アメリカンコーヒ
ピアノとベースとサックスとドラム
電話のベルと水道の音とコーヒーポットの音
ふっと思ったが この店に足りないのは 客だろう。
Yashi・・79・11・6
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猫 今日は、猫を見た。 それは、朝のわずかな光りが集まる一角にいた。
その目を1本の腺にしていた彼は、私の足音に反応して。
ゆっくり目を上げた ・
視線がぶつかった。 2秒
彼の横を、通り過ぎた。
1秒
振り向いた。
彼の視線の延長は、確実に私の目をつら貫いていた。 3秒
目尻が引きつった。
気づかれただろうか。
彼は微動だにしない。
私は歓笑する。
ふっ、とため息をひとつ。 2秒
振り向いた。
後ろに彼の静かな息づかいを感じつつ私は歩き始めた。
年月不明
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或日のこと
東の街道筋に浪人が参人、鎌倉にて八幡宮に参拝たてまつる折に、小町なる通りありける。
馬車や、飛脚などいとかしましきところを、百歩ほど上がり、枝村やなる、茶売り家の角を、
左に折れ曲がりまがりていくに、 その後姿なまめかしき女房いりける。
面の様あれやこれやと推しはかりて、歩み寄りたりなば、女房そのさま、おおいに察したるや、
早足にて失せにける。
浪人ども驚きてその面を見合わせたるに、 『乳穴』と書かれたる所あり。
浪人どもははたと手を打ち、ここぞと、はかまの裾を緩めつつ、我先にとばかり駆け込みたりければ、
その所、いと、ありがたき茶店なりけり。
歌 『乳穴や、興に入れば入るほどここちよき事この上も無し』
読み人知らず
年月不明
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99,12'22
8月 神田の地下のコーヒー屋では、休憩時間のOLやサラリーマンが高校野球を見ていた
10月 新宿のコーヒー屋では、東南アジア系のお姉さんが不安気な顔付きでオーダーを取りに来た
12月 鎌倉のコーヒー屋では、冬にしては暖かい空気を吸いながらJAZZを聴いた
短い 半年間だった
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99'12'23
本日は、クリスマス・イブです。
ミルク・ホールは、今回が2回目。
ミルク・ホールのシュガーは、のら猫まっしぐら。
うちのネロは、現在6.5kgまっしぐら。
頭が大きいから体もこのぐらいで大丈夫(獣医さんより)。
走ると、お腹がユラユラ、お尻はフリフリ。
人のものは、自分の物。自分のものは、もちろん自分の物。
そういう奴ですが、顔は男前です。
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問い1:
milkhallのなぞ この非常にふるめかしいランプの替えは、どこから調達してくるの でしょうか? 問い2:はたしてこのmilkhallのもとはなんでしょうか?とってもキチョウな物だと思うんですが
よくのこってます、 問い3:おもてにあるmilkhallのサインは、あとでつけたのでしょうか、とっても気になりました。 |
98'1'12 雪
鎌倉は、なぜか人を素直にさせてしまう町のようです。
他人をねたましく思ったり、逆に自分を嫌いになったりしても小町道りを抜けてこの古都に出会えば、
新しい明日が待っているような
「そんなあせるなよ」と誰かが声をかけてくれるような気がするのです。
お正月に、90才になる祖父の家を訪ねました。昭和初期に出来た古い家です。
この家は、祖父がまだ元気だった頃、医師である彼の「城」として活躍していました。
ワックスのかかった長い廊下をまっすぐ進み、木のドアを「ぎしっ」と開けると、大正時代を思わせるようなアンティークの椅子に診療台、そして医療棚が所せましと並んでいるのです。
祖父は50年間この部屋で、多くの愛する家具に囲まれて患者さん達を見守ってきたにちがいありません。
ミルクホールに訪れると、今はもう1人で歩くことの出来ない祖父が柱の影からひょっと出て来るような気がしてなりません。
そしていつものやさしい声で私に話しかけるのです。「今日はどうしたんだい?」
12/6(土)
はれ
この間ミルクホールへ来たときは (11/8頃です)
日本がはじめてというロシア人オレグをつれてきました。ロシア語しか話せないのに「またここに来たいいい・・」
(片言の英語やジェスチャーで理解する)、3人であれこれ説明してお土産に女性の顔が透けて見えるカップとソーサを買っていった。
ロシア語の絵本をみつけてうれしそうによんでくれた。(でもわからなかった)
そんなオレグはあれから来たのであろうか・・・・?
今はもう日本にいない、遠くて寒い国のロシアで、海とここを思い出にしてくれるとうれしいです。 m
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3/27
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3/18
私には
大事なことがわかっていたのになあ、それだけじゃ だめだということをわかりたくもありませんが、
現にいろいろなことがきちんと回転してきたので・・・・・、もう、その人と会えなくなってしまいました、
私は今「よが」をしています、
からだをやわらかくするためです。さわりごごちをよくするためです。
消化をよくするためです。
ほとんど全部、 その人をおもってのことのように思います。
ああ
・・かっこわり・・ でも何でもしちゃうのに、いろいろ許してくれた人だから、、かなしい程なのに。
これが、その人に届いたなら・
私はまた泣かない人間になりそうです、何とも思われないのが一番かなしいです、おーーーーい。
97'11'13
娘が鎌倉に嫁いで12年。3人の孫の世話に来た事はあっても、街の散策をした事がなかった。
10年ぶりくらいに小町通りを歩き、何故か心が熱くなる。もう孫達も大きくなり、娘と2人コーヒー店に入った。
何と嬉しい事か。こんな日が来るなど無我夢中で暮らした10年間には思いもつかなかった。
時間がゆったりと流れることがこんなに幸せを感じられるとは……鎌倉を初めて見たような気がする。
この1杯のコーヒーでこんなに幸せ味わえるなんて…これからも又ゆっくり鎌倉を味わいに来よう。
98'1'25
PM4:40
今日は、八幡宮のぼたんの花の撮影で鎌倉に来た。撮影は上手くいったと思う。
しかしそれ以上に良かったことは、八幡宮のイチョウの下で、りすに見とれたミニスカートの女性のパンツを拝めたことである。
・・・・(チラッだけど)撮影はしなかったが、露出はバッチリだった。
昼食のそばを食ったあと、テレビで見たこの店に来た。メニューを見て『エスプレッソがねぇや』とがっかりしたが、なんとここのブレンドはフレンチで濃厚な味だ。(ちょっと酸味は強いが)ケーキもうまい。ちょっと鎌倉にはまりそうだ。
1月16日(Fri)
外は雪。降っていない。とけた雪で坂道に小川が出来ていました。汚れた靴で歩いていると、前からドロドロに汚れた犬がやってきました。
気が合って話し掛けたら“やぁ!”・・・・その犬は貴族の血をひく立派な犬で『おまえの様に汚れた靴の男とは話したくない』とケンもホロロ。
昨夜の猫に聞いたら『あぁ、その犬なら知ってるよ。変わり者だって、ちょっと有名だぜ』さすが、この辺りの事ならなんでも知っている奴だ。
昼になって大仏の前でねころがっていたら、雪雲がわいてきて、あまりの寒さに思わず地面を蹴ったらかじかんだ足先が痛んだ。思わず『痛い!』と叫んだら、ドロドロ貴族の犬が出てきて、『オヤ?』と僕に向かって話しかけてきた。犬のかげからあの猫が顔を出し、2人が仲間だと知った。
『汚れた靴を返せ!』と僕が犬にさけんだら『おまえの汚い靴なんか知らない。オレたちは美しいものしか盗らないからな』と不気味に笑った。